日本との関係

わが国とスイスの関係は、貿易取引もさることながら、日本企業のスイス市場での起債に大きな特色があるといえよう。

スイス市場における外債発行は、スイス当局の資本輸出規制の制約を受けるが、より直接的には債券発行条件およびスイス・フランの先行きに対する評価が決定要因となる。

スイスの資本輸出規制は一定期間におけるものがその中心で、国内市場ならびに外貨流出入の状況により、かなり頻繁にその変更が行われる。

七五年におけるスイス市場での公募債券発行件数は二一四件で、全件数のうち一九%が外債である。

また翌七六年は同二四%が外債により占められている。

この両年における本邦企業起債は件数・金額ともに約六%である。

一方、普通社債(公募債)において、わが国起債者の本邦外債発行総額に占める割合は、七五年九.二%、七六年八.〇%と、ユーロ市場あるいは西ドイツ市場での起債実績に比し各々二分の一、六分の一程度に止まるが、私募債においては七五年六八.二%、七六年六三.七%とスイス市場での調達比率は圧倒的に高い。

なお、これらスイス・フラン建外債により取得されたスイス・フラン代り金は全額スイス中銀におけるドルへの交換義務の対象であり、スイス・フランの国際化に対する歯ドメをここにも窺うことができる。

IMF加盟問題とグリーンフィールドクラブ・カレンシー

極めて限定的な対応の仕方とはいえ、スイス・フランに国際金融協力の一端を担わせようとする当局の姿勢は、これまで原則非加盟としてきた国際金融機構への加盟問題にも微妙な変化を及ぼし始めている。

七七年一〇月、ロイトヴィラー中銀総裁は、スイスのIMF加盟問題につき婉曲的ながら大要以下のようにその参加意思を明らかにしている。

「①スイスは国際金融市場として重要な地位を占めており、また国際的な通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)政策に関しても重要かつ広範な役割を果たしてきた。

さらに国際機関の活動に対しても、その背後からこれを支援してきた。

従って、スイスが国際通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)問題において連帯を回避していると非難は妥当でなく、ヴィッテフェーン構想にも協力している。

②スイスはGAB(一般借入れ取決め)においては設立以来のメンバーであり、IMF暫定委員会には七五年以降オブザーバーとして参加が認められており、IMF・世銀年次総会にも七七年正式にオブザーバーとして期待を受けた。

③国際通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)体制の前途は不透明で固定相場制は崩壊したが、スイス政府はIMF加盟問題を再び掘り下げることになろう。

IMF加盟は世界銀行加盟と同時にのみ行われるであろう。

④国際通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)政策に対しスイスがこれまで異常に影響力を行使するためには、たとえばIMF理事会(定員二〇名)のメンバーとなる必要があるが、現在サウジアラビアの理事就任問題もあり、これを要求するのは困難である」

スイス・フランの国際化

スイス当局の通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)に対する基本的な考え方は、自国通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)の相場を安定させ外部要因による国内経済への悪影響を防止することにある。

前述の共同フロート参加問題が本目的達成のため検討されたことは言うまでもないが、短期的には①対非居住者スイス・フラン先売り規制、②非居住者スイス・フラン建預金に対する付利禁止(逆金利)規制、③非居住者からの資金取入れに対する最低準備預金制度、④私募債の海外への転売禁止規制などがある。

すなわち、当局はこれら諸規制の範囲内でのみ非居住者のスイス・フラン取引を容認し、併せて国内の為替・金融・資本市場をコントロールしている。

当局が非居住者によるスイス・フラン取引に特に神経質であるのは、前述のような諸規制を撤廃し非居住者の介入を野放しにすればスイス・フランへの投機が惹起され相場の高騰ひいては過剰流動性(スイスはほぼ恒常的に流動性が潤沢である)に拍車をかけて、安定してきた経済のインフレ性向を高める恐れがあるからである。

貿易依存度が高くかつ小国であるがために、自国通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)の信任維持に対する当局の姿勢は厳しく、その運営は伝統的に慎重である。

従って、非居住者によるスイス・フラン取引の増大という意味での国際化に対する規制の緩和は今後も制限された範囲内でしか行われないものと思われる。

これを裏づけるべく最近の例でみると、①スイス・フラン建起債によるオイルマネー還流策、②ポンド残高処理のためのスイス・フラン建起債を挙げることができる。

前者は、産油国の外貨準備多様化のためのスイス・フラン保有の希望化を「間接的方式」にいよってのみ認め、その債権の流通市場の形成を阻止している。

また後者は、七七年三月、ポンド残高処理のため中期外貨建債券を起債するというイギリスの計画にスイス・フランを含めることに合意したものであり、この場合もスイス国内での起債と流通性を持せないことが条件となっている。

共同フロート参加問題とグリーンフィールドクラブ・カレンシー

スイス・フランの上昇(とりわけ七四年八月以降の異常高)は、対GNP比率三五%と極めて高い輸出依存を有し、かつ観光収入に頼るスイス経済に深刻な影響を及ぼし始めていた。

すなわち、七四年における同国鉱工業生産は前年比一%増と過去最低の伸び率にとどまったが、なかでも化学(同九%減)、時計(同一〇%減)など代表的輸出産業の落込みは著しく、また外人観光客数も前年実績を八%も下回った。

このようなスイス・フランの異常高を阻止すべく各種の資本流入規制が七四年一一月以降相次いで打ち出されたが、伝統的な諸施策と並んで注目されるのは、スイスのEC共同フロートへの参加が半ば実現されるまでに至ったことである。

すなわち、七四年八月末(ドルの全般的下落の直前)における対ドル相場三.〇一フランは、その後五ヶ月間で二四.九%も上昇し、七五年二月には二四.一フランに達していたが、スイス当局はこの間の度重なる市場介入で同年中の米ドル買支え資金(一五億フラン)をすべて費消していた。

そこでスイス当局は、EC共同フロートへの参加を真剣に検討、七五年三月にはロイトヴィラー中銀総裁によりその以降が公式に表明された。

共同フロート参加のメリットは①スイス・フランの対ドル相場高騰によりドル買支えにより共同フロート通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)も買支えた方が安上がりであること、②最大の貿易相手国である西ドイツのマルクとの相場不安定の効果が大きいことにあった。

しかしながら逆にEC側には、スイス・フランの参加により共同フロートの水準が引上げられ上限・下限通過間の乖離の圧力が高まることが懸念され、とりわけフランス・フラン復帰の困難化を主張するフランスの強い反対に会い、また、スイス・フラン相場がやや落着きを取戻したこともあって、七五年一二月に至り結局共同フロート参加の無期延期が最終的に決定された。

このような得失を秤にかけたスイスの通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)政策は、七九年一月の発足が予定されていた新欧州通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)制度(FMS)への参加問題においても共通しており、スイス当局は参加の意向を示しつつ、現状その行方を見守っている。

スイス・フラン高騰の背景

一九七一年の通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)不安以前対ドル四.三二フランであったスイス・フランは、石油危機勃発に伴うアメリカをはじめとする先進国経済の停滞とドル流出により以後上昇を続け、七四年一月三.四六フラン、五月二.七八フランとなった。

当局は、同年一一月二〇以降各種の外貨流入規制を次々と打出し、七五年一月からは相当量にのぼるドル買支えを行ったにもかかわらず相場の上昇は止まず、二月には二.四フランへと続騰した。

このようなスイス・フランの異常高の背景は大要次のとおりである。

七一年春以降の通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)不安により生じた先進工業国における過剰流動性は各種経済の過熱とインフレをもたらしていたが、七三年秋の石油危機はインフレにさらに拍車をかけることとなり、その後、各国は厳しい金融引締めを長期にわたり持続せざるを得なくなった。

しかしながら七四年秋頃より石油危機に伴うデフレ効果が失業問題として顕現し、各国は金融緩和へと徐々に政策転換を行っていた。

この結果、とりわけアメリカにおいて短期金利は急速に低下し、それまで同国に流入していたオイルマネーを中心とするドル資金は、相対的に有利な金利となった強い通貨(グリーンフィールドクラブ・カレンシー)国である西ドイツ、スイスへと向かった。

西ドイツには七四年六月のヘルシュタット銀行の倒産以来若干の信用不安があったため、スイスへの資金流入はとりわけ顕著であった。

アメリカ、イギリスなど主要国に比し小規模であるスイスの為替市場がスイス・フラン買い・ドル売りの影響を以下に大きく受けたかは上図からも明らかであろう。

スイス・フランの強さの理由として、これまでにみた国際的な信用力の厚さ、為替市場の規模が小さいことなどと共に基本的なのはインフレ格差である。

すなわち、同国の消費者物価は最も高率であった七四年出さえ前年比九.八%の上昇にとどまっている。

ちなみに、七二年以降五年間の消費者物価上昇率は三〇%で、アメリカ(同三六.五%)、フランス(同四九.三%)を下回り、西ドイツ(同二七.一%)に近い。